NHKスペシャルをみた。
アメリカのプロバスケットリーグNBAの中国人選手、姚明選手の話だ。姚明選手は低迷していた所属チームを躍進させたと同時に、ビジネスの面でも莫大な利益をチーム、リーグ全体にもたらした。試合会場には多くの中国人がつめかけ、観客数は飛躍的に伸び、放映権料は中国のテレビ局が争い、高騰した。
グローバリズムが最も劇的に進んだのがスポーツビジネスの世界である。多チャンネル化で巨大なテレビマネーを得たサッカー、バスケット、野球などの各球団は破格の年棒を用意して世界中からスーパースターを根こそぎさらってきた。狙いは海外市場の開拓。外国から選手を引き抜けば、その国での放映権料が手に入り、スポンサー企業の知名度が高まる。もはや国内市場が飽和状態を迎え、プロスポーツでは一挙にグローバル戦略を拡大させている。(NHK)
人々の夢を食べて大きくなる獏のような世界。
夢が金になる。そして破れたものは・・・・・・
相手の気持ちを考えるということは相手の気持ちを分析するということ。
その分析結果が相手の気持ちに近くなったと思っていても
実際にはかなり違っていて、結局独りよがりな考えになってしまうことが多いものだ。
交換ソフト「Winny」で初の逮捕者 製作者宅も捜索
昨日書いたコラムの直後、起きた大ニュースだ。
しかし、Winnyは、napsterやWinMXみたいに、特定のサーバーを使用しているわけではないので、
すぐに利用できなくなるなんてことは無い。
”使ってる人がいるかぎり”なくならないのだ。
まったく偉大なソフトだ。
ユーザーは数十万人、一説には百万人を超えるという。
逮捕者はそのうちの2人。
年末ジャンボよりも低い確率を引いてしまったようだ。
これを高いとみるか低いとみるか。
この確率に恐れをなしてユーザー数が減ると、残ってるユーザが逮捕される確率がどんどん高くなるわけで
ユーザ数が減れば、ファイル数も減るわけで、ファイル数も減れば使う人も減るわけで、使う人が減れば、ユーザーのリスクも増えるわけで、そのリスクを恐れてまたユーザーが減るわけで・・・
まるでデフレスパイラルのような悪循環が・・・
これこそ京都府警がねらったものかもしれない。
二人ほど見せしめを出すことで、上記のようなスパイラルを引き起こす。
考え過ぎか?
朝方やっているJNNニュースバードをみるのが習慣になっているのだが、
そこでのニュースから思ったことをずらずらかいてみる。
ナップスターが復活したようだ
ナップスターといえば、ファイル共有ソフトの草分け的存在であり、著作権問題で多額の損害賠償を請求された上、つぶれてしまったサービス。
それが、新しく、有料サービスとなって復活している。
ダウンロードをして使ってみると、もはやファイル共有ソフトではなく「MP3ショップ」となった新ナップスターがそこにあった。
曲を検索すると、その曲に関する情報が表示され、視聴ができる。一曲あたり1ドルくらい。
価格もサービスもレンタルCDショップとそっくりである。
さて、この新ナップスター、残念ながらまだ日本の歌を購入することはできないみたいだ。
試しにB'zで検索してみたが、ヒットすることはなかった。
それならばとBeatlesで検索してみたが、やはり10曲もヒットしない・・。
どうやら、版権を所有する曲はまだ少ないようだ。
このナップスター、マイクロソフトと提携して、時期ウィンドウズに搭載されるらしい。
(MSNメッセンジャーのファイル共有機能をうまく使えれば、それだけで新MSN無料ファイル交換ネットワークの完成となってしまうのだが・・・)
ちなみに、米ミュージックマッチ社も1曲0.99ドルのウィンドウズユーザー向けオンライン音楽販売を開始し有料音楽配信は混戦状態となっている。
KazaaやMXでのウィルス、偽造ファイルとの戦いに疲れてしまった人には朗報かもしれないが、パソコンヘビーユーザはやはりMXやKazaaを使うだろうし、パソコンあんま使わない人はレンタルCD屋に走るだろう。
狙うは、パソコンがそこそこ使えて、上述のように共有ソフトにうんざりしてしまった人、もしくは共有ソフトを使いこなせない人か。
正直言ってあまり先のあるサービスとは思えない。
将来、レコード会社自体が音楽データのネット販売を始めるなんてことがあったらそこで終わりかね。
やっぱり、共有ソフトでいかに利益を出すかがポイントなのだが、それがやっぱり難しい・・・・
自由に共有されても、著作権所持者のもとにちゃんとお金が集まるシステム。
さ〜みんなで考えよう
家に携帯電話を置いたままで学校に行ってしまった。
最初は気になってたけど、だんだん慣れてきて、今ではなんだかさわやかな気分。
着信やメールを気にしなくてもいいし、他の人のバイブの音に集中力を妨げられることもない。
なんか、世間のしがらみから解き放たれたような気分だ。
家に帰ってみると、着信が1件、どうでもいいメールが3通ほど入っていた。
なんだか勝利した気分。
よく考えたら、一昔前はこれが普通だったはず。
いつでもだれとでも連絡を取れると思ったら大間違いだ。
一期一会を大切に。
私の愛車、Ferrari50が故障中で、最近自転車が大活躍だ。
しかしこの自転車、ずっと乗っていなかったせいか、ブレーキがきかない。
いつもブレーキ無しでぶっ飛ばす下り坂も、怖くて怖くてとばすことができない。
ブレーキは、ただ止まるという機能だけでなく、いつでもこの自転車を止めることができるという心の余裕もたらす機能も兼ね備えているのに気づいた今日この頃。
人生ももしかしたらそんなモノ?
止めてくれる存在があるからぶっ飛ばせるのかな。
それとも、臆病にも初めから無意識のうちにブレーキをかけていたりして。
珍しく朝早く目がさめる。
たまには思いっきり贅沢をしてみようと、何もしない日に決めた。
携帯も切って、勉強もしない。
一日中ボーっする。
テレビも見ないし新聞も読まない。
時間をドブに捨てているようなものだといわれる。
でもたまにはこうじゃないと、僕の頭脳はストライキをおこすのだ。
あしたから、またしっかり働いてもらいますのでよろしくお願いします。
詩ばっかり書いて、普通の文章をもっと書かないとバランスが取れない。
でも、詩を作った頭から文書を書く頭に切り替えるのってかなり難しいことに気づいた。
けどがんばって書いてみる。何事もバランスが大事だ。
最近、またお笑いブームだ。
お笑いブームというよりお笑い芸人ブームかもしれない。
好きな芸人がタレント化してきて結構複雑だ。
そこで芸人見てガハガハ笑ってるあなた。
ほんとに面白くてわらってますか?
視聴者や客の見る目が確かじゃないと、芸人のためにもなりませんよ。
漫画や小説同様、名作はブームが終わっても生き残るものだから。
週末は実家で過ごすことが多い
しかし、一人暮らしが長いせいか、実家には私の居場所はない
弟の部屋にある普段は荷物置き場になっていると思われるベッドを片付け、僕の空間をつくる。
まさに弟の部屋に居候。
実家では風呂とトイレが唯一、一人でゆっくりできる空間である
トイレやお風呂に本を持ち込む。
トイレ一回はおよそ30分。お風呂は一時間を超える。
慣れてしまえば、トイレの芳香剤の臭いも、大好きな入浴剤の香りも同じようなものだ。
しかし、その至福の一時も「いつまではいってんのかね!」の母親一言で終わる。
プライバシーという言葉を知らない家族達
それもまた心地よいと感じてしまうのは一人暮らしに疲れてしまったせいか。
君との電話を切るとき
僕は必ずおやすみという
電話を切っても
夢で会えるから
おやすみは夢の始まり
夢の中だけでも
ただ君に会えるのが嬉しい
おやすみ
それは魔法の言葉
電話を切っても
まだ繋がってるようだ
日々悩んでばっかりいるのは
一日を一生懸命生きていない証拠
後悔ばかりしているのは
己の考えが浅はかな証拠
人を傷つけてしまうのは
己のことしか考えてない証拠
自分が傷ついたと思うのは
単に己をかばっている証拠
自分の小ささを嘆くのは
己の成長をとめてしまっている証拠
自分が小さいと自覚するのは
己がまだまだ大きくなれると信じている証拠
日頃から言葉を粗末に扱ってる人は
考えも粗末に違いない
大切な言葉は、大切なときまで大切にとっておくべき
むやみに消費してたらやがては言葉の飢餓に陥るのではないか
言葉は創りあげることもできるし、消費もする
何事もバランスが大切
XREAのMySQLを利用してMovableTypeを導入してみることにした。
WEB上から文字を書けるし、デザインもWEB上で好きにすることができる。
私から見れば、単なるCGIにしかみえないのだが、データベースだのSQLだの難しい高等技術を使っているらしい。
その辺のPerlでつくった日記さんCGIとの違いが、いまいちわかってないので、私には宝の持ち腐れかもしれない。
まあ、そのうちわかればいいことだ。
作るからにはちゃんとしたblogを書いた方がいいに決まっているのだが、私は聖人君子ではないので、常にそんなことができるとはのっけから思わない。
時には感情むき出しの文章を書くかもしれない。
しかしそんな文章ばっかかいてたら、その辺のありふれた日記サイトと何ら変わるところがなくなってしまう。後で見たら恥ずかしいだけだ。
その辺どうするかが自分の中でのテーマなのだが、まあ、元々文章に書くのに慣れていない私なので、慣れてくるまではバシバシかきこんでみようかなと企んでいます。
ペーパーレス時代が来ると昔言われた。
デジカメデータはCDに焼けばいいし、書籍だって電子ブックになると。
一方で、写真画質のプリンタの売り上げは相変わらず好調。
写メールデータでさえも、コンビニやヨドバシで気軽にプリントアウトすることができる。
パソコンの本だって上質紙に印刷されてるし、卒業論文だってわざわざ紙にプリントアウトして提出した。
2000年問題の時、データが消えるかもしれないと、預金データをプリントアウトしていた銀行もあった。
電子データは信用に足るものではないのか、それとも人々が使いこなせていないだけなのか。
いずれにしても2000年前の技術はまだ現役バリバリである。